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よーた・ひーこ
どうにもアホくさい状況だ。
センセーは掛かってきた電話に退席していて、残されたのは女の子らしいファンシーな色使いの部屋の真ん中で硬いクッションに尻をうずめ、ローテーブル上に広げられた道具たちとじゃれあう三十二歳のおっさんがひとりである。
インクの匂いに塗れている。
アシスタントとして借り出されたのは、俺もまたマンガを描いていたからにすぎない。
すでにペンを折ったはずだった。しかし、親戚の集まりの最中、袖を引かれていった先で見せられた原稿から溢れる『自分からはもう失われてしまったもの』を感じ取ってしまった。
誘蛾灯にたかる羽虫のように俺は惹きつけられたのだ。
その『少年の感性』に。
悔しいと感じたのはきっと、俺がそれを失ってからマンガを始めたからだ。そして失っていることに気づきもせず、気づいてからもそれを辞めなかった。闇雲に描きつづけた七年間は無駄だったのではないかと疑念に苛まれていた俺に対する彼女の登場は、マンガの神に叱咤されているのだと思った。
『君はマンガに携わるべきだ』と。
情けなくもそんな思い込みに縋って、いま、ここにいる。
センセーのお帰りだ。
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