扇風機とワイシャツ

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扇風機の風にそよぐワイシャツの袖を俺は見ている。否、その半袖の下にちらつくまだ日焼けしていない肌と日焼けしたところの境を見ている。 おそらく、畳の上で寝転がるこいつの横に座って数分と経ってはいないだろう。なのに、こいつの二の腕を見ている俺にはひどく時間がゆっくり流れているように感じる。さっきまでうるさいくらいだった蝉の声も遠く感じている。 「恵介、シワになるって」 そう最初に声をかけたのがまずかった。声に反応した奴が寝返りを打ち、仰向けになったからだ。寝息で上下する胸板を見れば、ちっとやそっとでは起きないんじゃないかと思わせる。 こいつの寝顔なんて見飽きてるし、無防備な格好だって今に始まったことじゃない。だけど……、風にそよぐ柔らかい髪や、中学の頃とは違うまだ日に焼かれきれていない肌を見たら唐突に今のこいつを確かめたくなってしまったのだ。 中学の頃はお互いに部活に入っていて、コーチが厳しかったせいか長くても五分刈り。外での走り込みも多くてそれこそ小麦色といった感じに焼けていた。今は帰宅部だし、そんなに筋トレとかもしてないだろうし……、こいつはあれからどう変わったんだろう。そんな疑問がよぎって、柔らかそうな二の腕からは目が離せない。ちょっとだけ。ちょっと触るくらいなら起きないだろう。 そう思って半袖の隙間に向けて手を伸ばした。 ……が、 奥からの視線に気付き、動きを止めた。 いつからいたのか、敷居の向こう側から茶太郎がじっとこちらを見ていた。 「はあ、茶太郎か」 緊張を解いた俺の声に愛想よくナーンと返事をして、恵介の飼い猫は主人の顔の真上を通り、俺に体をすり寄せてくる。急に蝉の声が大きくなった気がした。 茶太郎の動きで恵介は目を覚ますと、珍しく俺と遊ぶ茶太郎を見て「どうした?」と、かすれ声で聞いた。 「蚊を潰そうとして、逃げられたのを見られただけ」 「ふーん、そういえば今日スイカあるって。食う?」 「あー、俺出すわ」 寝返りを打って茶太郎と戯れる恵介を尻目に、鼓動を早くする俺は台所へと向かったのだった。
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