おじいちゃんの甘いおはなし

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「おじいちゃま。起きてる?」  タブレットチョコレートに似たドアが少しだけ開いて、檸檬色の月灯りと一緒に、小さな女の子がひょっこり顔を出しました。  呼ばれたおじいちゃんは、革張りの聖書から顔を上げて、ふんわり笑みます。 「おや、ブランシュ。どうしたんだい?」 「眠れないの。おじいちゃま、何かおはなしして」 「いいとも」  ブランシュのために、おじいちゃんはベッドの端に少し寄ります。パッチワークのベッドカバーの下、猫のおなかのように柔らかい毛布の中にブランシュは潜り込みます。 「ほんとはね、ママのところに行ったの。でもママはもうお休みで、起こしちゃだめってパパに叱られたの」 「そうなのかい?」 「パパはいじわるだわ。いっつもママが一番で、ブランシュのことは後回しなんだから」 「そんなことないさ。二人ともブランシュが一番大事だよ。もちろん、おじいちゃんもね」 「そうかしら……」 「そうとも。それに、ブランシュのママはパパよりずっと年上で、身体も弱いから、たくさん寝なければいけないんだ」  そうなのね、とブランシュは頷きます。その拍子に、ブランシュのちいさな背中のまっくろな羽根も微かに動きました。おじいちゃんにも同じものが生えています。  蝙蝠の羽根、とがった尻尾。  紅玉のような、血が透けたような、まっかな瞳。  そう、おじいちゃんは悪魔の老紳士。  ブランシュは悪魔の女の子なのです。  単なる読み物でしかない聖書を閉じ、おじいちゃんはブランシュに尋ねます。 「どんなお話がいいんだい?」 「うんとね……甘ぁいおはなし。ホットミルクに落とす蜂蜜みたいな、優しい甘さのおはなしがいいわ」  テディベアの腕を動かして、おねだりするブランシュに、おじいちゃんは少しだけ考えます。 「じゃあ、とっておきのお話をしてあげよう。私がまだ若かった頃のお話だ。きっとおまえも気に入ると思うよ……」  月に聴こえないように声をひそめる中、  ぱしゃんっ。  おじいちゃんが大切に飼っている青金魚が跳ねました。  硝子の鉢の中でたゆたう二匹も、おじいちゃんの昔話を静かに聴いていました……。
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