はるか遠くの都市伝説

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 その日、ぼくは地下鉄に乗って、ただただ現実から遠ざかろうとしていた。  地面に敷かれていたレールが筒状のチューブに、角ばった車両が流線型のカプセルに変わってから、もうずいぶん経つ。それなのに横文字の呼び名が定着しないのは、ここが日本だからだろう。西暦2000年頃のそれとは見た目からスピードまで驚くほど進化しているが、人々にとってやはり地下鉄は地下鉄らしかった。  このまま遠くへ行ってしまえば、ぼくは束縛から逃れられるだろうか。  海底をぶち抜いて張り巡らされた筒の中を、亜音速――時速1000キロの車両が駆け巡る。北の端から南の端まで行くとしたって4時間前後、それでいて飛行機に比べて安上がりで手続きも簡単とあって、初めて実用化されたときには国中がお祭り騒ぎだったらしい。が、慣れとは恐ろしいもので、今日では日帰り出張の増えたサラリーマンの恨み節が風景の一部となっている。  生活に疲れた一般市民、そんな人が町中に溢れていて、残念ながらぼくもそんな人種の中の一人だ。生きることに前向きになれず、ついに仕事をほっぽり出してシートの上に座っている。周りを見てみるがいい、この平日の午前中、生気のない人間のどれだけ多いことか。 「お若いの、旅行か何かかね」 「あ……はい」  不意に、年老いた男性から声をかけられた。すぐ隣のシートからだ。  せっかく独りの感傷に浸っていたというのに――ぼくは短く曖昧な返事をするだけだった。 「行き先を聞いてもいいかね?」 「――行けるところまで。眠いので、横になります」 「そうかそうか、邪魔したの」  くすんだ色の衣類に身を包んだ、普通の老人。 人と話すのも億劫になっていたぼくは早々に会話を切り上げ、シートの背に体をあずけた。
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