ノーマ・ジーンの初恋

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 さっきから、とがったブーティーの先が向かっているのは、東仁王通りにある一軒の古着屋だ。  軒先までつるされた、舞台装置のような服をかきわけて店内に入る。流れている音楽は、リゾートを思わせるボサノバではなく、ロックだった。それだけで今日の店番が、孫のほうだと紗枝香にはわかった。  心持ちもちあがっていた肩と口角が微妙に落ちる。 「おう」  レジ横に座ってマンガ雑誌を読んでいた「孫のほう」が友達みたいに目で挨拶した。今日もアメコミのTシャツにヴィンテージ、にはまだならない中途半端に古いリーバイス。紗枝香が気になるのか、ちらちらこちらをうかがっている。珍しい客がきたので、目的を知りたがっているようだ。  坪井信吾。この古着屋の店主、坪井礼之介の孫だ。普段はぱっとしないくせに、時々鋭い見識と洞察力で驚かされるから油断ならない。それだけではない。紗枝香の所属している大須オーガニックドールズのリーダー伊藤せなと、センター星山綾火の幼なじみでもある。  そしてなにより大切なことは、彼はハーバード瑞樹の親友でもあるということだ。紗枝香は、香ばしいスパイスの香りとともに、その精悍な顔を思いだす。エキゾチックな褐色の肌と、まぶしい白い歯。人ごみでも目立つ長身と、ライオンのたてがみを思わせる太陽の色をした髪。モーションをかける紗枝香に対して、いつも煮えきらない態度なのは男としてちょっとどうかと思うけれど。それでさえも、面白い人と思えるほどには惚れているのだ。  信吾はその瑞樹の親友だ。ここはしおらしくして、点数を稼いでおくべきだろう。紗枝香は話しかける前に、胸前の布をちょっとひっぱりあげて、谷間の露出をひかえめにしてみた。
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