11月28日火曜日

10/32
284人が本棚に入れています
本棚に追加
/1335ページ
 木の上の黒猫の姿をみつめながら犬彦がそんなことを思っていると、なめらかにすべりこむようにして、瑠璃子の前に一台のタクシーが止まったので、二人はそれに乗り込んだ。  (どうやら観光地であるこの周辺のタクシー運転手もまた、瑠璃子のことを知っているらしい。一般客以上に…いや、それとは比べ物にならないくらい、瑠璃子をお姫様扱いする。やはり霧宮一族は、烏羽玉島の絶対王者なのだった)  二人を乗せたタクシーは、どんどんと烏羽玉島から遠ざかっていく。  ノワールのおかげで、だいぶ犬彦とふたりっきりでいることに慣れてきた瑠璃子は、このあとの行動に対してはかなり冷静でいられた。  最寄りの駅前でタクシーを下りたあと、電車に乗って桜木町まで行き、カフェでランチをとりながら犬彦と打ち合わせをする。  (瑠璃子の希望通りに、落ち着いた雰囲気の横浜っぽいカフェに犬彦は連れて行ってくれて、そこで食事をふたりだけでとりながら、至近距離から自分だけに語られる犬彦のクールな声の響きを聞く…という喜びストレスにも、瑠璃子はグッと耐えた)  瑠璃子の経営する雑貨店と、規模や取り扱い商品、客層が似ている他店を、いくつかピックアップしておくようにとの宿題を出されていたので、事前に瑠璃子が自分で用意していたレポートと、犬彦が秘書に用意してもらった同様の書類の内容をすりあわせて、これから向かう店を数店にしぼっていく。  ここからの瑠璃子は、経営者としての真面目スイッチが(やっと)入って、必死に他社の情報収集をしたり犬彦からの多角的アドバイスを熱心に聞いたり、その内容をまとめたりで忙しく、スタート時のデート気分なんていつのまにか吹っ飛んでいた。  そして時間もまた、気がついたときには遠くへ吹き飛んでいて、もうあと少しで夕方になりそうな時間になっていたのだった。  桜木町周辺にあるあちこちのお店を歩き回ったせいで、他店調査が終わったころには、瑠璃子の足はくたくたに疲れていた。  それでも、経営者としていろんなことを学べたという満足感と、学校の勉強と並行して今回のためのレポートを準備したりした努力の果てに、すべてをやりきったという達成感があったので、いやな気持ちはまったく無かった。  そうして疲れた瑠璃子がひといきついていると、その様子を眺めていた犬彦が、そっと微笑みながら、こんなふうに声をかけてくる。  
/1335ページ

最初のコメントを投稿しよう!