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プロローグ
犬彦さんは、前にこんなことを俺に教えてくれた。
悪というものには、種類があるのだ、と。
なぜそのとき、そんな話をすることになったのか、その過程については覚えていない。
だけど、犬彦さんが語ってくれた内容は、俺の心のなかに今も深く染み込んでいる。
悪というものを、必要以上に恐れなくていい。
しかし、その悪が、何に分類される悪であるのかを、見分けることは重要だ。
それは概ね、三つに分類できるだろうと、犬彦さんは言った。
「まず一つ、それは、価値観の相違からなる、悪だ。
わかりやすく、例え話をしてみよう。
江蓮、想像してみてくれ。
お前は、自分だけの大きな庭を管理している。
その庭はまるで楽園のように、さまざまな種類の木々が生い茂っていて、色とりどりの美しい花々が咲き乱れている。
その庭がそんなにも美しいのは、毎日毎日、水をやり、肥料を与え、雑草を抜き、動物に荒らされないように、庭の周囲に高いフェンスをたて侵入者を拒み、一生懸命にお前が守ってきたからだ。
そして美しいだけではなく、お前の庭には、とても希少な植物も栽培されていた。
もう外の世界では絶滅してしまった、この庭でしか生きていくことのできない、たおやかな花が、お前だけを頼りにして、ひっそりと咲いている。
お前はその花が好きだ。
もうこの庭にしか咲いていない絶滅寸前のその花を、守ってやれるのは、お前しかいない。
ずっと守ってやりたいと、お前は思っている。
だがある日、いつものように水をやろうと、その花の咲いている場所へ行ったが、もうそこにその花の姿はなかった。
何者かが、そこを踏みにじった足跡があり、花は根こそぎ抜かれていた。
そう、花は盗まれてしまっていた。
お前のまえから、あの美しい花はいなくなってしまった。
そしてそれは同時に、この世界から、一種の美しい花が絶滅し、完全に消え去ったことも意味していた。
なあ、そんなことをされたら腹が立つよな。
そんなことをする奴は、とんでもない悪党だと思うだろう?
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