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天井まで続くエントランスの窓硝子は宵闇を背に壁掛け時計を映し出す。その二本の針が指す空の頂には銀白色のフルムーンが眩い。ああ、もうこんな時間なのか。
現場は西東京の秋川にある、とある総合病院の救急外来受付カウンターのデスク。
人口のさほど多くないこの地域では、夜遅い時間になると病院の救急待合室はがらんとしてくれる。すでに数時間前に、僕たち以外は誰もいなくなったようだった。夜勤の仕事が始まる前にこの近辺の住人たちの、今宵の健康と安全を願った甲斐があったのかもしれない。
そんな夜こそ、僕たちの修練には絶好の機会だ。僕の隣では細い指先が華麗に躍り続けている。ステージは勿論、ノートパソコンのキーボード。昼間よりも広く感じる待合室の空間に、キーの弾む音だけが響いている。
今夜の仕事が始まってから声を発した記憶は殆どないけれど、ずっとおしゃべりしっぱなしだ。そして僕の心は今までにないときめきを感じている。
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