§4 殺人者・その1

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§4 殺人者・その1

 重いガラス戸を押して建物から出ると、外は雨が降っていた。  水たまりに映る灰色の空が、まるでビルを押しつぶそうとでもするように重く、生暖かい空気がそれを辛うじて支えているかのようだ。雨音が絶え間無く響くのに、妙に静かだった。跳ねる飛沫からみて、結構な降りのようだ。 「お疲れさん」  不意に声をかけられて顔を上げると、傘を持った美凪が立っていた。僕はなにも言わず、促されるままに彼女の車に乗った。  何度か乗ったことのある美凪の車だが、今日は特別に暗く感じる。ウィンドウに流れる雨の雫のせいで、外からの光も遮られているように感じた。外の景色は滲み、昨日までとはなにもかもが違ってしまったように思える。 「……お腹、減ってない? なんか喰ってく?」 「……いや……」  昨夜から何も食べていなかったが、そんな気分にはとてもなれなかった。まるで僕が犯人だと言わんばかりの事情聴取から、今ようやく解放されたのだ。無理もない。なにしろ僕は、殺人事件の第一発見者なのだから。 「殺人……事件か……」     
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