§4 殺人者・その1

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 まさか、自分の身の回りでこんなことが起こるなんて。祖父の死に際に立ち会ったことはあるが、それとは根本的に違う。死ぬはずのない人間が、死ぬ――理不尽さに怒るというよりも、地面が突然消えたような現実感のない不安さえ覚える。 「素敵な人だったみたいね、橋ノ井さん」 「……」 「私も一度、会って話したかった」  そういえば、美凪は橋ノ井さんと面識がないのだった。この二人ならきっと、いい友達になったに違いない、と僕は思った。二人でワインの瓶を何本も空けている様子が、まざまざと想像できる。  ――なぜ、彼女だったのだろう。あの日、あのタイミングで、なぜ彼女は死ななければならなかったのだろう。殺されるほどの恨みを持たれていたのだろうか? あの人が? いや、どんな聖人君子だって、絶対に恨まれることがないとは言い切れない。例えば男女の仲のもつれとか――そういえば警察からも、橋ノ井さんとの男女の仲を疑われた。  恨みなどでなく、たまたま行きずりの犯行だった可能性だってある。第一、サイベストみたいな大企業で働いている女性が、あんなセキュリティの弱いところに一人で住んでいたのも危なっかしい。  それか、あるいは――なにかの事件に巻き込まれたとか? 「あの日、橋ノ井さんのうちに何の用だったの?」 「それは……」  美凪の問いかけになんと答えようかと考えて、僕はその時、大事なことを思い出した。 「……『harv』… …」 「なに?」     
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