第1章

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 細川が、なつかしい小学校の正門前に立ったのは、たまたま営業の関係で近くに来たからだった。太陽が沈みかけ、紅色に染まった空の下、記憶の通りの校舎が立っている。ちょっとした呟きなど消してしまうほど大きなセミの声も記憶の通り。  今時の子は塾で忙しいのか、そもそも外遊び自体もう流行らないのか、校庭には男の子が一人、ぼんやりとブランコに腰掛けているだけだった。  視線に気づいたらしく、少年が顔をあげた。光の加減で、顔が塗り潰されたような影となり、表情は見えない物の、どうも笑ったらしい。  靴底で砂利を鳴らし、少年は校舎にむかって駆け出した。そのとき、彼の手からポトリと何か落ちたように見えた。 「ちょっと!」  聞こえないのか、少年は玄関の闇に消えていく。  しかたなく門を乗り越え、少年が落とした物を拾いに行く。地面に伸ばした手を止める。円いコインのような物は、血痕だった。白く乾いた砂に吸い込まれ、茶色っぽいシミになっていた。  少し迷ってから、校舎の中に入る事にした。少年のケガが心配だったのもあるが、何より久しぶりに中を見てみたかったのもある。もし誰かに見つかっても、血がたれていたから心配だった、と言えばそう強くは咎められないだろう。  昇降口に入り、ガラス戸を閉めるとセミの声が一気に遠ざかる。古いワックスの甘い匂い。靴を脱ぎ、靴下のまま廊下へ進む。窓の形に切り刻まれた夕日が床に四角い模様を描いてた。その光が明るい分、隅は濃い闇に沈んで見えた。  壁には、ずらりと生徒の描いた自画像が並んでいる。歪んだ輪郭の中に描かれた、左右非対象の目が、むかいの壁にむけられている。  また血の跡を見付け、それをたどって階段を登って行った。前を走る少年の背がチラリと見える。その緑色の縞のシャツに、見覚えがある気がする。どこかで会ったかな? この学校に来ると言う事は、近所に住んでいるのだろうが。  締め切られた校舎の中は暑く、少し歩いただけでも汗が吹き出してきた。そういえば、こんな暑い日はよく下敷きをうちわにした物だった。いたずらっ子が誰かの下敷きを取り上げて……
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