第一話 火の鳥

1/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

第一話 火の鳥

 正午の万松寺通りに、女性の悲鳴が鳴り響いた。そこはブラジル風のローストチキンを食べさせる店で、スパイシーな味に定評があった。店内での飲食だけではなく、店先に出したオープン席も利用できるようになっており、大学生ぐらいと思われる男女が、姿焼きのようになったチキンに歓声をあげながら、向かい合わせに席へ座ったのである。男のほうが甲斐甲斐しく肉をほぐしてやったのを、女がしなを作りつつ口に運んだところまでは何事もなかったのだけれども、その直後に肉の破片は宙を飛び、鳥の巣のようにセットされた男の頭髪の中へもぐりこんだのだった。  どうやらスパイシーすぎたらしい。女がしきりにせきこんでいるのを見かねて、男が飲み物をさしだしているが、それすらも飲めないほどひどいようだ。店員が駆けつけてきたものの、やはり手の施しようがない。毒でも入っていたのではないかという誰かの声に、救急車まで呼ぶ騒ぎになる。  やがて大通りでサイレンが止まった。担架を抱えた救急隊員たちが、商店街の人混みをかき分けてきた時には、もうすでに女性の症状も治まっている。隊員の聞き取り調査によって、彼女の健康に異常はない事と、食品に異常な量の香辛料がまぶされていた事が確認されると、店先に群がっていた人だかりは皆ほっとした様子になり、徐々に散っていったのである。  しかし店内はまだ落ち着かない。店員が男女に対して必死で謝っている。男のほうがとても興奮しているらしく、頭を小刻みに振りながら、責任者らしいハーフの青年をどなりつけていた。そうすればするほど頭に血が上るものだし、まだ店先に野次馬がいることも相まって、男の声は激しさを増す。店員はお辞儀をするだけでは足らないと思ったのか、足跡のたくさん付いた床へひざまずき、金髪の頭を地面にこすりつけた。  それを見物している人々の中に、なぜか一人だけほくそ笑んでいる者がいた。小太りの中年男で、背中を丸めた姿勢とせわしなく動く瞳が、見た目の年齢よりも幼さを感じさせる。ローストチキンの脂で唇を濡らしながら、金髪頭の店員が土下座をしている様を、嬉しさを隠し切れない表情で眺めていた。  
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!