ウミ

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「必死で勉強して、あそこの高校入ったのって、ナギ兄がいるからだもんな」 「え? 違う! 違うよ。 言ったでしょ? ブラスバンド部が強いからだって……」 海風になびく髪を軽やかに揺らめかせながら、つまんない言い訳してくるから、もはや呆れるしかない。 「誰も信じてないですけど。 そんな理由」 「そんなことない! 嘘じゃない!」 「意地はるなよ。 子どもの頃から、すっげぇ懐いてたし。 わざわざヨシヨシされるためだけに、すり寄って行ってたでしょアナタ」 「うっ。 それは、小さい時は、そうだったかもしれないけど……」 口ごもってゴニョゴニョ。 そんな態度みせられると、嫌味の一つも言いたくなる。 嫉妬心とはべつにして、こんなにも腹が立つのは〝家に迷惑かけてる〟なんて、ウミが急に言い出したからだ。 「好きなんだろ? 今でも。 じゃあ、いいじゃん。 念願かなって、学校でも家でも一緒だし、言うことないだろ? なんで出てくこととか考えるわけ?」 ザザン、ザザン。 月明かりしかない暗い浜辺に、静かな波の調べ。 一定のリズムを刻み、絶えることなく永久に続いていくもの。 ぼんやりと思ってた。 ウミが拾われたあの朝も、この場所は、こんな音に包まれていたのかな? 「……近いから、苦しいんだよ。 見たくないことまで、見えすぎる」 「どういう意味?」 聞くと、伏せた顔を、さらに両膝の間に埋める相手。 くぐもった声が、震えてた。 「付き合ってる人、いるみたい、で。 わかんないけど。 去年卒業した教え子だとか、そんな噂」 「何それ。 信じてるの?」 ウミは頭を必死にブンブン振って、ひたいを膝がしらにこすりつける。 「だから、わかんないって! 私、何を信じればいいの? こんなことなら、遠くにいる姿を思い描いて、憧れてるだけで良かった。 顔を見たら、どんどんつらくなるのに、毎日毎朝毎晩…… ずっとそばに居られることが、幸せだなんて、嘘だ」
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