前半

1/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

前半

傾きかけた地中海の橙色の陽光が、建物の中に優しい光を投げかけている。 「つまり、サモスのアリスタルコスの説によれば、世界、つまり宇宙の中心は地球ではなく、太陽であると言うのかね? グニポ君」  壮年の男、ポセイドニオスは目の前で自説を展開する葡萄酒色の髪の端正な顔立ちの少年に問うた。 「はい。プラトンも世界の中心には善のイデアたる太陽があると言っております。実際にも月や他の惑星が太陽と時々異なった動きをする『逆行』の動きもそちらの説であれば合理的に説明がつきます」  少年、より正確を期すならば、青年と少年のちょうど境目の年頃だろう。おそらく17歳前後だと思われる。グニポはよく通る声で明確に師の問いに答えてみせた。  紀元前96年秋、地中海を望むアレクサンドリアの学術研究所(ムーセイオン)に併設された図書館。アテネ郊外の学園(アカデメイア)に並ぶ学術都市である。新進気鋭の学者、世にアパメイアのポセイドニオスと呼ばれる壮年の男の元に学問を志す青年や少年たちの出身地は遠くローマやアテネ、地中海全体に渡る。  グニポはポセイドニオスの生徒の中でたった一人のガリア人である。黒髪や褐色の髪が大半の生徒たちの中で、グニポの葡萄酒色の髪は嫌でも目立つ。勿論、顔立ちの端正さも私塾一だ。 「相変わらず、グニポ君の論には隙がないな。今日は私のお腹が空いたのでここまでに・・・・・・」  ポセイドニオスが言いかけた瞬間、小さな影が私塾に飛び込んできた。 「グニポさん! 故郷から緊急の使いの方がいらっしゃっています! 郷里のお父上が病に倒れられたと!」  グニポの蒼氷色の瞳に暗い影が落ちた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!