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「甘いものは苦手だわ」 未生がいつかに言ったことを口にする。一人の夜にこぼした言葉。その唇は、七生のそれを奪う寸前の距離にあった。 「甘いもの?」 「そう、甘いもの」 彼女は小さく笑うと、次の言葉を彼が言う前に唇を塞ぐ。 久ヶ沢七生と広田未生。二人が過ごすのは、平日の夜だけ。甘くなどない、そんな夜。 「お前、たしかこないだケーキ食べてなかったっけ?」 「食べてたね」 「甘いもの、嫌いなんじゃないの?」 「嫌いだよ。甘ったるいのは」 「ふーん」 均整のとれた硬質な筋肉を未生は浮かべる。彼女が1年前に大好きだったもの。 今、彼女の視界を覆うのは、どこもかしこも筋肉が埋もれてしまっただらしない体だった。それでもこれは七生だ、と彼女がそれを確認するかのようにその肌に手を滑らせる。背中に、二の腕に、腹筋に。 「今日は、なんて言ってあるの?」 情事の最中でも、彼女はそんなことを口にする。それが彼の気分を萎えさせることも知っていて、あえて。 七生は一つのため息とともに口を開く。 「飲み会で遅くなるからどっかで寝てから帰る、って」 「車で出勤する利点だね」 仕事帰りの飲み会。 今、彼の自宅にいるだろう懐疑心の塊のような女を未生は思い浮かべていた。携帯チェックも辞さない彼女の束縛ぶりは、未生の理解の上をいくものだった。未生の中にはない感覚。 「だから、そろそろこっちに集中してくれる?」 七生はそう言って、彼女の体を弄(まさぐ)る。その薬指にあるはずの指輪が、とっくに外されていることに未生は気付いていた。 仮初の関係というなら、どちらが仮初なのだろう。未生の脳裏を過ぎるその疑問は、彼の熱に溶かされて消えていく。するすると、二つの体はもともと一つだったように隙間なく繋がっていく。永遠など求めない、今を満たすためだけの情事。 花の金曜日はいとも簡単にその花を散らすことも、彼女は知っている。儚いが故に、手放せないことも。
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