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アジフライと白の衝撃
九月過ぎても、さすがにまだ暑い。颯爽と自転車を漕ぐも、愛弓の体から汗がどんどん出てくる。
ジワリ、ジトリ。
「うわぁ、あっちぃ」
だが、流れる汗を一々拭いている暇はない。全身が汗まみれになった頃、両親が営む店に着いた。
「ただいま――――っ」
自転車を店陰に置き、愛弓はそのまま大声で叫ぶ。その大きな声は、店全体に響いた。
「あら、あーちゃん、おかえりっ」
店先から、数人のコールが聞こえた。
いつものように、店先で井戸端会議をしてる近所のおばちゃん連中が、一斉に声をあげる。そしてそのまま、おばちゃん達は話を続行。その話っぷりは、そこいらの学生には負けないくらいの女子力がある。愛弓は、その横をぺこりと頭を下げ、愛想笑いを浮かべながら、店内に入っていった。
愛弓の両親は、鮮魚店を営んでいる。鮮魚店と言っても、少しばかりの野菜と惣菜も置いてあり、近所の便利屋みたいな店である。入り口の壁には、「さかな屋さん」と書かれた大きな看板。幼き頃、それを掲げた時の父の誇らしげな顔を愛弓は、今でも覚えている。
魚の調理場を覗いてみると、父の敬一が訝しそうな目つきをして、鯵の小骨を抜く作業をしている。
「母さんは?」
「あぁ、フライヤーのトコじゃねえんけ」
栃木弁丸出しの敬一は、首だけを起こし、目をショボショボさせながら答えた。
「はい、はい」と、軽く返事をし、父の姿を見ながら、
『さすがに、そろそろ老眼鏡が必要な歳になったか』
と、娘は悟った。
店の中は冷蔵ケースの冷気で涼しい。愛弓は、制服の襟元をバタバタさせながら涼を取るが、さすがに喉が渇いた。
何かないかと見回すと、調理台の横に敬一の湯のみがあった。氷が入った緑茶が並々と入っている。湯のみがいい汗をかき、“美味しいですよ!”と愛弓を誘っていた。堪らず手に取り、そのお茶をグビグビッと一気に飲み干した。
「ぷはっ」
乾ききった喉には最高の一杯。満足し、ドンと湯呑を置くと、その音で鯵の骨抜きをしていた敬一が、首を上げた。
「あっ、愛弓てめぇっ」
折角、氷まで入れて後で喉を潤そうとしていたのに、娘に飲まれてしまった。ショボショボだった敬一の目が衝撃で、一気に見開いた。
「ごちそうさん!」
「こんのぉ、でれすけ(ばかやろう)が!!」
愛弓は、逃げるように奥の厨房に向かった。
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