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千坂が目覚めたのは9時過ぎと遅かった。
部屋を出ると襖の音を聞きつけた汐織が顔を見せた。
「おはようございます」
それはとても懐かしい声に聞こえた。
「寝坊してすみません」
「いえ。兄もまだ寝ていますから」
言った汐織は2階に駆け上がった。
「お兄ちゃん、起きて」と声がする。
茶の間には朝食の準備が整っていた。
東の窓から射す透明の陽に誘われて窓際に立つ。
「海が目の前なんですね」
僅かばかりの庭の先には低い堤防があって、その先に小さな砂浜があった。海は朝日を受けてキラキラと踊っている。
「はい。潮風が強いから、大変なんです」
「でも、夏は楽しそうだ。目の前がプライベートビーチじゃないですか」
「砂浜の先はすぐに深くなっていて、泳ぐのは危険なんですよ」
汐織は温め直した味噌汁をテーブルに置いた。
「おはよう……」
寝ぼけ眼の吉原が入ってきて、どたりと座り込んだ。
「ご両親は?」
「あぁ、もう出かけてしまいました。家にいるのは午後11時から4時までなんです。それから午後2時頃に戻ってきます」
汐織が応えた。
「コンビニも大変なんですね」
「こんな田舎じゃな。そもそも、売り上げ規模が小さい。都会のようなわけにはいかないさ」
「深夜はパートやバイトで対応できないのか?」
「ここで深夜に働くのはお巡りさんか幽霊ぐらいだよ。利益を出さないとロイヤリティーも払えないからな。バイトはそれほど雇えないんだ」
「それで、私がバイトなんです。賃金ゼロの好待遇」汐織が皮肉交じりにいう。
「家族だから仕方がないだろう。これからは兄ちゃんが働くから安心しろ」
吉原が箸を取って味噌汁を腹にかき込んだ。千坂も箸を手にした。
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