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指先
同じ指先の感覚でも、触れる時と触れられる時とでは、こんなにも違うものかと彼女は気づきました。
幼い頃なら、こんな驚きは感じなかったかもしれません。むしろ逆だったのでしょう。与えられる優しさばかりを知っていました。そして自分の持つ力など加減する方法すら知らず、ただ本能と無意識に任せ、それでもなにも壊れはしませんでした。安心で満ちていたのです。支えてくれる人は、いつだって確かに自分より強かったのですから。
恋は、そうすると彼女に時を遡らせる力を持っていました。いまそっと繋がれた指先の優しさを、彼女は予想することができませんでした。それは幸せでした。
このぬくもりを覚えてしまったらと、彼女は想像しました。唯一の不安に気づきそうになりました。しかしひと刹那あとには、心はその思いを消していました。すべて、相手に向けた思いがさせること。その人のぬくもりを覚えた日に、さらなる深みへ行けるのでしょう。
「寒くないかい」
隣で彼が聞きました。彼女は頷きました。いま考えていたことを知られたら、恥ずかしいと思いました。
「良かった」
彼の微笑みは自然でした。白く曇る息と同じくらい。
ふたりは冬の早朝を歩いていました。雪が深く積もっています。近頃は朝が来たのもわからないほど灰色に吹雪く一日もありますが、今日は日が差していました。かすかな光は肌に染み入るように嬉しいものでした。
彼女の家の前で、ふたりは立ち止まりました。彼は彼女の髪に降りた雪を、そっと払いました。
「帰らないと」
彼の言葉に、彼女は笑ってみせました。寒さで固くなった頬で、ちゃんと笑えているか不安でした。
「ええ」
確かめるように、彼は軽く二度頷きました。僅かに視線が逸れ、再び彼女に戻りました。
「また来るよ」
低い響きと、彼女の指から離れたぬくもりがありました。強く風が吹き抜けた気がしました。
「寒いから、すぐ部屋へ入るんだよ」
そう言い残した彼の後ろ姿を、それでも彼女は見送らずにはいられませんでした。知らず知らず、さっきまで繋がれていた指先を、もう片方の手が握りしめていました。
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