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七時に翔伍が、一旦帰宅した庵の家まで迎えに来た。そうまでしないと絶対来ないと踏まれていたし、実際行かなかったと庵も思う。庭先で竹刀を振っていた彼の前に現れた翔伍は、昼間と同じ坊主頭に皺々の制服姿で、早くも懐中電灯を提げていた。意気揚々の姿に何だか腹が立つ。
「何で俺まで肝を試されるのかな」
「お前みたいな剣道男子がいたほうが信憑性増すだろ」
「増すかよ」
この時間帯の通学路は、まるで知らない道のように映る。気にも留めない電信柱、意外と高い塀、街灯の数。白昼息を潜めていたものたちが、密か密かに目を配せ、動き出す頃合いを見計らっている刻。
「女子は四人。男子が六人だから、一組だけ男男にするかなあ」
「男子六人もいるなら俺いらねえだろ」
猫がいる。庵は気配を感じて振り返った。頭の小さい、際立った姿勢の良さ。あれは昼間の猫かもしれなかった。猫は尾を立てて歩道の際すれすれを歩き、突き出た樹木のなかに素早く入り込んだ。気づけばそこは、あの荒屋だった。
「あ」
庵は足を止める。翔伍が一歩先で振り返った。
「明かりが点いてる」
「なにが」
「あの家」
翔伍は何故そこに気を留めるかわからない風だった。そうだろう。気に留めるタイプじゃない。
「ちょっと、先行ってて」
「は」
「俺後から行くから。ちょっと行ってみたいところがある」
庵は翔伍を振り返ると、荒屋に向き直った。
「行くってあの家かよ」
庵は頷き、そっと指差した。
「葦茅書林、商い中」
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