第1章 春祭りの木霊

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 前に長崎に出かけた際に、彼はタイムスリップしたと語っていた。そして、ほんの数分に思えた白昼夢だったのに、戻って来た時には一カ月が経過していたという。  ひょっとして隼人がまた過去に迷いこんでしまったのだとしたら? もしかして長い間こちらの世界に戻って来られないのだとしたら? そう想像するたびに不安に襲われる。  一週間の音信不通に我慢ができず、私は週末に彼が住む神社に押しかけてみることにした。隼人が神社に戻っているのだったら、行く先を婚約者にも告げないでいなくなるなんてひどい、と言ってやらなくちゃ、と心に決める。  それとも、腰を傷めた神主の容態が悪化でもして、入院でもしたのだろうか。でもそれだったら、私に教えてくれたっていいはずだ。神主は隼人の仮親、師匠のような人で、私にも大事な人なのだから。  先週末に見舞った折には、神主は腰痛で床に伏してはいたが元気な様子だった。まさか悪霊に報復されたということでなければいいけれど、と私は懸念しながら神社へ向かう足を速めた。  隼人は、悪霊は境内へは侵入できない、と語っていたはず。でも、腰を傷めたことで神主の霊感が弱っていたりしたら、祈祷の防護力が弱まったりするのではないだろうか。そう憶測して、私は更に心配になった。  神社に到着して神主の住居を訪ねると、私が「ごめんください」と声をかける前に玄関の扉が開き、神主が出て来た。 「そろそろお見えになる頃だと思っていました」 (第2章に続く)
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