第2章 高熱の幻惑

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 神主は黙って私の前を歩いている。後に従って暗い廊下を進みながら、黒い霞のような不安が私の胸を締めつけはじめた。神主はちゃんと立っているからもう腰痛は回復したらしいが、いったい隼人はどこにいるのだろう。  神主は奥座敷の前で立ち止まり、障子を開けて私を振り向いた。 「どうぞ」  促されて部屋をのぞくと、床の上に隼人が寝かされていた。  驚いて、私は床の傍に座りこんで彼に声をかけた。 「隼人さん!」  眼を固く閉じた顔はまったく反応を示さない。まさか死んでしまったのだろうか、と凍りつくような不安に襲われ、私はとっさに彼の額に手を当てた。幸いなことに彼には体温があったが、物凄く熱い。いったい熱病にでも侵されたのだろうか。  おろおろしている私の傍で神主が正座したので、私は思わず尋ねた。 「彼は、大丈夫ですか? いったいいつから、こんな容態になったんですか?」  言いながら、胸に苦しい塊が痞えた。高熱に苦しんでいる隼人をそのままにしている神主に対する憤りが自分に対する憤りに変わる。大事な人が病に伏せているというのに、私は彼が私に告げずにどこかへ出かけたのではないか、と脳天気に彼を恨んでいたのだ。 「どうして、教えてくれなかったんですか!」  不安のあまりつい私が怒りを爆発させると、隣で神主が神妙な声で答えた。 「あなたには連絡するな、と隼人に頼まれたからです」 「連絡するな、って、それはひどいじゃないですか。私は、・・私は彼の婚約者です」  神主は目許に笑みらしきものをたたえた。 「そうです。しかし、隼人には隼人の考えがある。あなたをまき込みたくない、という彼の想いこそがあなたへの愛情です」  神主と禅問答をしている暇はなかったので、私はもう一度彼の額に手を当て、すぐに救急車を呼ぼうと考えた。  まるで私の考えを見抜いたかに、神主が続けた。 「これは病院で治せる病ではありません」  落ち着き払った神主の声に反発を感じて、私は思わず叫んでいた。 「どうして医者でもない神主さんにそんなことがわかるんですか? こんなに熱があるじゃないですか! このまま放っておいてもしも、もしも・・彼が死んだりしたら・・」  その後は言葉にならず涙ばかりが溢れてくる。
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