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チロン。チロン。
カラフルな傘が広がる中、陳腐な音が虚空に鳴り響く。
鳴っているのは、刀の男の魔導書のようだ。
「ちっ、おもしれぇところなのにねぇ」
男は僕らの猛攻を凌ぎながら、魔導書を可視化させ、その着信に応える。
『モリソン、こっちに来い……ッ』
魔導書から漏れ出すのは、聞き慣れた男の声。
声を聴くだけでも、怒りが沸き立つ。
やはり、この男も、“奴”の仲間。
「楠木――」
僕はその怒りを乗せるように、更に傘を生成し、男――モリソンに飛ばす。
「なんだぇ、もう仕事が終わったんかぇ?」
モリソンは動じない。
傘を叩き落し、切り伏せ、時に軽やかなステップで躱す。
まるで、小さな子供たちと遊んでいるようにさえ見える。
『逆だ。戦況が悪い』
「三傑の死体を手に入れたら無敵なんじゃなかったんかよぃ」
『何度言えば分かる……ッ、あれはまだ――』
魔導書の向こう側から聞こえるのは爆発音。
まだ戦闘は続いている。
いや、それどころか戦況は優勢。
秋人達が上手くやったんだ。
『あれはまだ使えない……! ここを凌がなければ、全てが無駄になるぞ!?』
通話越しではあるが、これほどまでに取り乱している楠木は初めてだった。
完全無欠。
掴みどころのない冷血漢。
その印象が微塵も感じられない。
「おーけぃ、おーけぃ。そんなに取り乱すコナンはなかなか見れないからねぇ。相当にやばいんだろうねぇ。今から行くからちょいと待ってな。それにもう少しすれば、アイツが……」
『そんな悠長な――』
また大きな音が楠木の声を遮った。
モリソンは「あれま」と悠長な声を洩らしながら、魔導書を閉じた。
「まっ、そういうことだから」
モリソンは迫りくる傘を手慣れた様子で弾き飛ばすと言う。
「その知恵と勇気と、あとは強運に免じて、今日のところは見逃してやるよぇ」
「ま、待て……」
「またすぐに会えるよぃ。お前さんたちが生きていればね」
そう言い残し、モリソンの姿が消えていく。
行かせるわけにはいかない。
しかし、奴を止める術が何一つとしてない。
「上へ、城の外へ戻ろう……。奴の存在を、みんなに伝えなければ……」
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