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それは斉藤が昨夜不気味な夢を見たと言ったのが始まりだった。斉藤は学食のテーブルに両肘をつき、うつむいた顔を両手に埋めていた。
「その夢の中で、俺が冬の夜道を歩いていると、道端に女が立ってるんだ。季節外れの真っ赤なワンピースを着て、麦わら帽子をかぶって。顔は下をむいているから、はっきりと見えない」
「確かに、そりゃ異常だな」
星谷(ほしたに)はそう言ってコーラをすすった。俺は黙って聞いている。
「気味が悪いなって思いながらも、俺は道を進むんだ。すれ違いそうになると、女はゆっくり顔をあげ始める。うまく言えないけど、その顔がすっごいおっかねえんだよ。暗~い目つきでさ、なんかこう、この世のすべてを怨んでるっていう感じで。プールで冷えたみたいな、青紫色の唇をしていて」
そこで星谷がニヤついているのに気づき、斉藤はムッとしたようだった。
「おい星谷、バカにしてるだろ。ホントに怖えんだからな。でな、その女が言うんだ。 『あと十日で迎えに行くよ』って……」
「ただの夢だ」「気にするな」と斉藤をなだめて、次の講義に送り出したあと、俺達はさっそく奴の夢について分析を始めた。
「あいつ鈍そうだからな。知らない間に女に恨まれて生霊でも飛ばされてるんじゃないか」
俺の言葉を、星谷は鼻で嗤った。
「まさか、ただの夢だよ」
そして奴はなぜかそこで声を落とし、顔を近づけてきた。
「おもしろいイタズラを思いついたんだ。あのな……」
星谷の思いつきに、ある意味俺は感心した。よくそんな事を思いつくものだ。
「いいね。おもしろそうだ」
俺は、にっこりと笑ってみせた。
その日の夜。真っ赤なワンピース姿の星谷に、俺は酸欠になりそうなほど笑った。
「あっははは、最高! それ、お前の彼女に借りたのか?」
「まさか! ミカと俺とじゃサイズが違うよ。このためにわざわざ買ったのさ。こっちは買った物だけど」
そういって星谷はポケットから口紅を取り出してみせた。
夢の女のふりをして、斉藤を脅かしてやろう。それが星谷の思いついたイタズラだった。俺はすぐにそれに乗った。だって、面白そうなことになりそうだから。
「そうだ、星谷、お前、しばらく斉藤に会うなよ。電話もするな。お前すぐ顔に出るから、なにか企んでるのばれるからな」
「はいはい。お前は奴をさらにビビらすのを忘れるなよ」
「まかせろ。じゃあ、決行は十日後ということで」
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