第1章

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 それは斉藤が昨夜不気味な夢を見たと言ったのが始まりだった。斉藤は学食のテーブルに両肘をつき、うつむいた顔を両手に埋めていた。 「その夢の中で、俺が冬の夜道を歩いていると、道端に女が立ってるんだ。季節外れの真っ赤なワンピースを着て、麦わら帽子をかぶって。顔は下をむいているから、はっきりと見えない」 「確かに、そりゃ異常だな」  星谷(ほしたに)はそう言ってコーラをすすった。俺は黙って聞いている。 「気味が悪いなって思いながらも、俺は道を進むんだ。すれ違いそうになると、女はゆっくり顔をあげ始める。うまく言えないけど、その顔がすっごいおっかねえんだよ。暗~い目つきでさ、なんかこう、この世のすべてを怨んでるっていう感じで。プールで冷えたみたいな、青紫色の唇をしていて」  そこで星谷がニヤついているのに気づき、斉藤はムッとしたようだった。 「おい星谷、バカにしてるだろ。ホントに怖えんだからな。でな、その女が言うんだ。 『あと十日で迎えに行くよ』って……」    「ただの夢だ」「気にするな」と斉藤をなだめて、次の講義に送り出したあと、俺達はさっそく奴の夢について分析を始めた。 「あいつ鈍そうだからな。知らない間に女に恨まれて生霊でも飛ばされてるんじゃないか」  俺の言葉を、星谷は鼻で嗤った。 「まさか、ただの夢だよ」  そして奴はなぜかそこで声を落とし、顔を近づけてきた。 「おもしろいイタズラを思いついたんだ。あのな……」  星谷の思いつきに、ある意味俺は感心した。よくそんな事を思いつくものだ。 「いいね。おもしろそうだ」  俺は、にっこりと笑ってみせた。  その日の夜。真っ赤なワンピース姿の星谷に、俺は酸欠になりそうなほど笑った。 「あっははは、最高! それ、お前の彼女に借りたのか?」 「まさか! ミカと俺とじゃサイズが違うよ。このためにわざわざ買ったのさ。こっちは買った物だけど」  そういって星谷はポケットから口紅を取り出してみせた。  夢の女のふりをして、斉藤を脅かしてやろう。それが星谷の思いついたイタズラだった。俺はすぐにそれに乗った。だって、面白そうなことになりそうだから。 「そうだ、星谷、お前、しばらく斉藤に会うなよ。電話もするな。お前すぐ顔に出るから、なにか企んでるのばれるからな」 「はいはい。お前は奴をさらにビビらすのを忘れるなよ」 「まかせろ。じゃあ、決行は十日後ということで」
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