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「クールジャパン」とかいうグローバルイメージのメッキが剥がれたせいで、今時インターネット上ではだれも手をだしはしない、かつて栄華を誇ったMade In Chinaの日本製品を求めて彷徨う、成金中国人しか訪れない街、秋葉原の細い路地に、その店は小さく口を開けていた。
薄暗い店のたたずまいは、スマホ片手に広告で一杯の大通りを練り歩く輩になんて気づいてさえもらえない。薄暗い灰色の中唯一光っているのは、電子タバコが主流の今時珍しい、紙タバコの先端だった。
ボロボロのクロックスをアスファルトに投げ出して、半世紀前に廃れた18禁雑誌を、獲物を捉えた鷹のような目つきで読みふける愛煙家は、ウレタンの剥げたパイプ椅子が悲鳴をあげるほど興奮していた。
「おい!おい!こりゃ団蜜じゃねえか!はー懐かしいな!館長!こりゃいくらだい!?」
人工声帯特有のジャギジャギ声が、真っ暗で奥がどうなっているかわかりゃしない店内に響くと、冬眠明けの熊のような男が、紙の本でいっぱいの穴ぐらからのそのそと這い出てきた。
「元で200。ビタ一文もまけてやらん」
男は風貌に見合ったドスの効いた声で答えて、人工声帯男から椅子を奪い取った。
「おいおい円でもそんなに持ってねえよ!だいたいそりゃ円にしたら…えーと」
人工声帯男は、樹木の根で盛り上がったアスファルトに尻を落ち着けると指折り計算を始めた。館長と呼ばれた男のため息が広がる。
「円なら10万ってとこだ」
「冗談じゃねえや!」
「嫌なら帰んねぇ。大体そんなもん買ってもしょうがねえだろうよ。日雇いのアンタだってスマホくらい持ってんだろう。そいつで適当な女たらしこみやがれ」
「バッカいえ。もう日雇いなんてどこもおしまいだよ。俺等の仕事だったのは、全部ロボット様がやってくださいます。いやーロボット様様、おかげでこちとらおまんまの食いあげよ。」
「スマホは。」
「…売ったさ。ついさっきな。フラミンゴみてえな色した毛皮のコート着てるチャイニーズのマダム騙してふっかけてやったら、あいつ、こともなげに払いやがった。あいつらの財布みたことあるか?安全靴の底より分厚いぜ」
無理して元気な声をだそうとしたためか、人工声帯はさっきより雑音がひどくなっていた。
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