視界の広がるあの場所で

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「ありがとうございました」  彼女に会計をしてもらい、店を出る。 「すみません、見送ってもらって」 「いえ」  最後に、彼女の個人的な携帯番号を聞いて、登録する。  当時はまだ、こうして携帯の番号を交換するだなんて、想像もできなかった。  あと、まさか教えてもらえるとは想わなかったので、嬉しさを隠すのにも必死だった。 「あまり出れないかもしれませんけれど」 「こちらこそ、無理を言ってすみません」  想ったより、長い時間いたみたい。  空を見ると、紅い色が広がり始めていた。  忙(せわ)しない私の背中に、彼女は、静かに言った。 「……お幸せに」  染み込むような、彼女の声。  私は、伝わるようにゆっくりと、その言葉に答える。 「はい。ずっと、あなたのおかげで……幸せです」  ――彼女は、学(まなぶ)だった夫と、どんな話をするのだろう。  でも私は、あえて、知ろうとは想わない。  それは、わたしが出会った憧れの人と……違う女性の、横顔だから。 「……また会う時は、違う場所で」  そう、別れ際に呟いて。  母として過ごす家へ、車を走らせる。  そして、車中で看板を見送りながら、自分の陰が薄れていくのを感じた。  ――私は、前へ向かって、走り出す。  淡い少女時代の想いへ、別れを告げながら。
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