視界の広がるあの場所で

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(何年、経ったんだろう)  ただ想うままにこの場所を訪れ、話しあい、悩んだ頃。  今の私は、あれから、ずいぶんと変わってしまった。  夫と子供の帰りを待ち、自分の仕事もこなさなきゃいけない、慌ただしい自分。  それを意識すると、けれど、ノスタルジーより先に。  ……子供の顔と夕食の準備が、頭に浮かぶ。 「あっ、そうだ」  挨拶をすませたら、すぐに帰ろうかと想っていた。  ただ、せっかくこの場所に来たのだから、と考えなおす。 「子供用に一冊、なにか買っていってもいいですか」  手ぶらで帰るのも悪いと想い、お願いする。  夫に似たのか、子供は早くから本を読むことに興味を持ち始めていた。 「ええ、もちろんです」  彼女と共に、児童書のコーナーへ。  あまりこちらには来たことがないから、少し新鮮だった。  本棚に眼を通して、何冊か手にとり、めくっていく。  そのなかで、私の眼を惹いた本があった。 「あ、これ……懐かしいな」  一冊の、ちょっと古めかしいカバー。  私が子供の頃、学(まなぶ)の家で一緒に読んだ、数少ない絵本の一つ。 「子供の頃、よく読んだな……」  二人の夫婦が、いろいろな危機を乗り越える話。  たまに頼りなくなる夫を、支える妻の活躍が、とてもかっこよく見えた。  ――もう、夫の本棚に、この本はなかったと想う。  夫の本棚には、しばらく、会社で使う実用書ばかりが並んでいる。  だから私は、彼女に向かって、この本を差し出した。 「これ、貰えますか」 「……ふふっ」  すると、口元を押さえて、彼女は微笑んだ。 「あ、あれ、なにか可笑しいですか?」  どうして笑われたのか気になって、そう聞いてしまう。 「いえ、その……嬉しくて」
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