深緑の夜に

20/20
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 広島カープとのその試合は、ずい分機嫌のいい試合になった。スワローズが2回の攻撃で、川端と山田が二塁、一塁に出て、畠山がヒットを打って1点、その後は点が動かない時間が流れ、ビールを3杯飲んでいるうちに、8回の広島の攻撃でロマンがエルドレッドに打たれて1点入れられ、どうなることかと思ったら、9回でバレンティンが気持ちよく、美しいアーチを描いて2対1でスワローズが勝った。  4月にしては暖かく、むしろ暑く、ビールを飲みながらデーゲームを眺めるのにはうってつけだった。札幌だったら、ちょっとした初夏の陽気だった。応援メガホンも傘もなかったが、応援団に合わせて大声を上げた。心地よく疲れたら、空を見上げた。米粒みたいな白い飛行機が青空を横切っていくのが見えた。空と旅客機が大好きなあの人に見せてやりたいな、と思った。ここで、あの人とビールを飲みながら、山田の盗塁や、畠山がドタドタ走るのを眺めたりできたら、どんなに楽しいだろう、と思った。多分、つば九郎のことも気に入るだろう。あの人はペンギンも大好きだったから。そして教えてやるのだ。 「あれはね、つばめだから」  いい気分で、夕焼けの中をほろ酔いで、球場を出て千駄ヶ谷の駅を目指した。千駄ヶ谷か、信濃町か。八重桜が満開の道を歩いた。ときどき風が、花を散らした。景色がきれいで、へその下から脳天めがけて、桜吹雪が竜巻になって天に突き抜けていくような、不思議な感覚に襲われた。そうか、と思った。これは俺の肚の底からのメッセージなんだな、と、素直に思った。すとん、と、腑に落ちた。  その夜、俺はあの人に電話をした。ホテルの窓から、今日と同じ、白い満月が俺を見下ろしていた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!