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間接照明
出先でたまたま入ったカフェは、いかにも隠れ家といった雰囲気の店だった。
天井にも灯りはあるが、それは極力光源を落とし、あちこちに飾られた間接照明で店内に独特の空気感を生み出している。
BGMの一つもない店内は静かで、ゆったりとお茶を飲むにはとてもいい環境だと感じた。
自宅からは少し遠いけれど、時々通っていもいい店だ。くつろいだ気分の中そんなことを思っていたが、すぐにその考えは取り下げた方がいいと気づいた。
大小様々な電気ランプが至る所にあるので、ほんの少し動くだけで床には幾方向からも影が落ちる。とはいえ自分の影だから、長さや大きさは違えど、動き確実に本体と同じものになるのが普通だ。
なのにどうしても一つだけ、影の動きが揃わない。俺が手を上げようと頭を揺らそうと、その影だけは自分勝手に動くのだ。
灯りの方向がバラバラだから誰も気がつかないけれど、気づいてしまうともう気になって仕方がない。
挙動不審なるのを覚悟で、あちこち体を動かしながら影の動きを見ていたら、店の人と目が合った。
あからさまにおかしなことをしているから、きっと何か言われるに違いない。そう思ったのに、むしろ店の人は気まずそうに自分から目を逸らした。その瞬間俺は、相手も影のことを知っていると悟った。
なるほど。つまりこの店の間接照明は、『それ』をごまかすためのものという訳だ。
いい店だと思ったけれど、きっと二度と来ることはないだろう。
間接照明…完
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