一章

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 ワレスは、そっぽをむいた。 「知らないね。そんなことは、調査部のジェイムズにでもたのめばいい」  裁判所が独自に難事件を調査するための機関。  裁判所預かり調査部の役人で、ワレスたち二人の共通の友人でもある、ジェイムズ・レイ・ティンバー次期子爵にめんどうを押しつけようとした。が、ジョスリーヌは、部屋からは出ず、あっけなく、うなずく。 「そうね。今すぐ、たのむわ。だから、あなたもジェイムズに協力してあげてほしいの。ねえ、ジェイムズ?」  今すぐって、なんだ?  ねえ、ジェイムズって……。  と思っていると、足音がもうひとつして、戸口にジェイムズが姿を現わす。女に組みしかれた、なさけないワレスを見て、申しわけなさそうに照れ笑いした。 「やあ、ひさしぶりだね。ワレス」 「そうか。おれを売ったのは、おまえか」 「売るだなんて……ジョスリーヌはほんとに君のことを心配してたんだよ」  つまり、こういうことだ。  昨夜のケンカは、ダンスホールのまん前の目につくカフェで起こった。近くの治安部隊から兵隊が呼ばれた。  もちろん、ワレスは兵隊に捕まるようなヘマはしない。しかし、このユイラ皇帝国では、人口の九割九分が黒髪だ。金髪はひじょうにめずらしい。人相風体からジゴロ仲間に知れわたり、内容が誇張されてジョスリーヌに伝わった。  心配したジョスは、ジェイムズに泣きついた。  ジェイムズは以前、ある事件のかかわりで、ワレスの自宅を知っていた。 「おれは協力なんかしない。調査部の仕事なら、ジェイムズがすればいい。二人とも帰ってくれ。おれは二日酔いなんだ」  だが、たかだか二日酔いくらいで容赦してくれるジョスリーヌではない。なにしろ、日ごろ、金貨を湯水のようにそそぎこんでいる男妾だ。  ジョスリーヌは小首をかしげ、自分勝手に語りだした。 「わたくしの知る男のなかでも、ワレス。あなたがそうとうの美形であることは事実だわ。純金のような金色の髪も、星のようにきらめく青い瞳も魅力的。でも、わたくし、あなたより、もっと美しい男を知っていてよ」 「おれだって、自分が世界で一番の美男子だなんて、思っちゃいない。皇都には、おれぐらいの造作の男はザラにいる」 「皇都には国じゅうから美しい男が集まってくるものね。きれいな男の子は多いわね。だけど、あの人は、わたしにとって特別な人だった。初恋ね。相手は十さいも年上だった。わたしは子どもだったから、あこがれにすぎなかったけど。この世で一番、美しい男だと思ったわ」  初恋は美化されるものだ。  マユツバだと思った。  が、そんなことを言えば、またジョスリーヌが機嫌を悪くする。おとなしく拝聴を続ける。 「彼はわたくしの一門の遠縁にあたる、ル・ビアン伯爵家の嫡男(ちゃくなん)。現ル・ビアン伯爵よ。父のイトコの子のだかなんだかで、くわしくは、わたしも知らない。わたしは美しい彼が自慢だったので、会う人みんなに、イトコだと紹介してたわ。あこがれのレオン兄さま。強くて、かしこくて、とても優しかった。彼を知る若い娘は、みんな彼に恋をした。  けれど、二十年前、悲しい事故のせいで、美貌がそこなわれてしまったのよ。以来、彼は仮面をつけて暮らすようになった。人ぎらいになって、性格も変わってしまったというわ。事故のあとのお兄さまは、わたしも一、二度しか会ったことがないの。痛ましくて、見ていられなかったんですもの」  ワレスは二日酔いに痛む頭を、指さきで、もみながら言う。 「だから、おれのケンカの話を聞いて、思いだしたのか。愛しいお兄さまの大事な顔を崩壊させてしまった事故の真相をさぐってくれ、なんて言わないだろうな? いくらなんでも、二十年も前のことなんて調べようがない」 「そのお兄さまが、殺されたらしいの」 「らしいって、すいぶんアバウトだな」  ジョスリーヌは、かしげていた首を、さらにかたむける。 「それがねえ。わたしにもよくわからないんだけど、死体は別人だったという人もいて、なんだか難しい事件なの。ねえ、ワレス。犯人を見つけてくれないかしら?」  ワレスは、ため息をしぼりだした。  ここまで、はっきり言われてしまえば、もう断ることはできない。 「……絶対に見つかる保証はないぞ?」 「あなたは必ず見つけるわ」 「どうして?」 「わたくしの命令だから」  あきらめて、ワレスは女王さまの下僕になりさがった。
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