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エントランスホールから、二階へあがっていく。とたんに、ひとけはなくなった。ここからは伯爵家の人間のプライベートな空間だからだ。
もちろん、掃除の小間使いや、奥向きの侍女はいるだろう。しかし、一階にくらべれば、ぐっと静かだ。
ワレスたちは二階を通りすぎ、三階へ向かった。
伯爵の部屋。昨夜、あずかったカギでドアをひらく。昼間に見ると、大きなガラス窓が、室内に明るい陽光をふりそそいでいた。出入口の居間は、ひとめですみずみまで見渡せる。
古い城だが、内装は古くさくない。
優雅な黒檀の調度類は、数百年前のものかもしれない。が、カーテン、じゅうたん、壁紙などは、ここ数十年のあいだに新調されている。
とび色、アイボリー、モスグリーンの三色を基調に、金糸とあわいピンク、サーモンピンクが使われている。
洗練された趣味だ。
「やっぱり、伯爵の趣味がいいことだけはたしかだな」
「若いころに皇都にいたからだろうね」
「それに読書家で、楽器をかなでる風雅な男だった」
本棚は昨夜も気づいた。
だが、明るい光のなかで見ると、ケースに入ったヴィオロンやフルートが、チェストの上に置かれていた。
「ほんとだ。楽譜もある。すごいな。けっこう本格的な曲だぞ。ワレス」
ジェイムズが手招きするので、ワレスも近寄り、肩ごしにのぞく。
「セレナーデやバラードが多いな。伯爵には忘れられない女がいたのかもしれない」
切ない恋のメロディーが、次々にあふれてくる。冊子になった楽譜のほかに、自作の曲らしい手書きの譜面もあった。
伯爵はロマンティストだったらしい。
「伯爵は個性ゆたかな男だったんだな。この部屋を見ただけで、伯爵の人柄がだいたいわかる。たしかに、いい男だよ。おれもなんとなく、彼を好きになった」
伯爵の人物像は、ワレスの嫌いな権力をふりかざすタイプではないようだ。
その証拠に、デスクまわりを調べると、伯爵の英君ぶりを示す書類が数々、出てきた。領の統治に関する書類だ。
それについて、伯爵は日記も残していた。
何年何月何日、何村で、これこれのことが起こった、対処はこう——と、明解な文章で記されている。
これを読むと、伯爵はたいへん慈悲深い領主だった。
だが、ただ優しいだけではない。損得勘定もしっかりしている。領民のために税金を投資するにしても、領地の発展がいずれ伯爵家の収入にプラスに作用するよう計算されている。
領民からは感謝され、なおかつ、伯爵家には得になる。そういう計画を立てるのが、じつにうまい。
「伯爵は敵にまわすと手強い男だな。伯爵が犯人でないことを祈ろう」
ワレスの言葉の意味が、ジェイムズはわからないようだ。
首をかしげている。
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