四章

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「話を戻そうか。伯爵は政治家としての手腕が優秀だからだろうな。数字にはこまかい。こういう領内の税収や、事業の支出だけじゃない。伯爵家で使う生活費も、家令に家計簿をつけさせ、きっちりチェックしてる。伯爵は妻や妹、伯母。女たちには好きなだけ使わせているようだ。これらは家令が管理している。そして自分の入り用なぶんは別にして、自分で帳簿をつけていた。言ってみれば、伯爵のお小遣い帳だ」  さっき、ワレスが見ていた帳簿だ。日記などに使う、こぶりの冊子だった。 「うん。それの何がおかしいんだって?」 「伯爵は大金持ちのくせに、自分にはあまり金をかけていないな。伯爵の年間の小遣いは、おれたちの年収とそう変わらない。  もちろん、それだって、町のパン屋や鍛冶屋や、小間物屋の年収の百倍にもなるだろうが。伯爵ほど収入のある貴族にしては、ほとんど自分の金に手をつけてないようなもんだ。せいぜい、本や楽譜。月に何着かの服。高くても楽器とか。だいたい、伯爵は宝石を身につける習慣がなかったようだ。儀礼的に必要なときは、伯爵家が昔から所持してる宝石を使ってたんだろう。宝石を買った記述がない。  そうして、使った金は、銅貨一枚の単位まで記されている。購入した日付と御用達の店名とともに。こう見ると、伯爵はこまかい男のようだ。だが、ほら、ときどき、購入品の欄が無記入の出費がある。使途不明金だな。それもそういうとこにかぎって、けっこう金額がデカイ。伯爵の出費のほとんどは、この使途不明金だ」 「馬でも買ってるんじゃないのか? 森が近いし、伯爵も男だ。狩りは好きだろう」 「ところが、馬は伯爵家の財産ってことらしく、家令の帳簿のほうに書かれてる」 「ああ。なるほど。じゃあ、それこそ、宝石かな」 「宝石なら、ちゃんとした店から買うだろう? どこから買ったかわかるように、記録を残したんじゃないか? 現に女たちが買った宝石については、家令が記してる」 「ああ……」 「伯爵は何に大金を使っていたのか」  伯爵にも、人に言えない秘密があったようだ。
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