第1話 ありがとう

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ありがとうと言われた。 ありがとうと思った。 そこで、目が覚めた。 しばらくボーッとして、どんな夢を見ていたのか、思い出そうとした。でも、全然思い出せない。 ありがとうって言われて、ありがとうって思って。そこだけははっきり覚えている。なのに、何にありがとうって言われたのか、何にありがとうって思ったのか。まるで思い出せない。 大好きなはずの歌の、最後のフレーズだけ思い出して、何度も何度も歌うんだけど、他のところが全く思い出せない。そんな気持ち悪い感覚。 「ありがとう」 ボソッと呟いてみても効果はない。ただなんだか気恥ずかしい感覚に襲われるだけで、損をした気分だ。 モヤモヤするから授業はサボろうか。そう思いかけてハッとした。今日社会学の授業を休んだら単位を落とすことになる。 慌てて時計を見る。もう遅刻じゃないか。ボサボサの寝癖もそのままに、僕は自転車に乗って駅へ向かった。 そして、電車に揺られながら、また「ありがとう」の残りの歌詞のことを考えた。 学校に着くと、やはりもう授業ははじまっていた。皆の手元には出席カード。手遅れだった。 肩を落としながら、いつもの席に座る。 すると、隣から出席カードが僕の席に顔を出した。 「出席、ヤバイんだろ? もらっといた」 そのカードはどんなレアカードより輝いて見えた。やはり持つべきものは友だ。 「サンキュー」 そう言ってハッとした。僕は「ありがとう」なんて言わない。「サンキュー」だ。ありがとうを変換した訳じゃなくて、サンキューって思って「サンキュー」って言う。 でも、あれは確実に「ありがとう」だった。サンキューに変換できないありがとう。サンキューでは代用できないありがとう。 あれは、本当に僕の夢だったのかな? そう思うと、突然背筋がゾッとした。 もしあの夢に鏡のようなものがあったなら、そこに映っていたのは本当に僕だったのだろうか。違うとしたら、それは一体誰だったんだろうか。 そこまで考えて、僕は考えるのをやめた。 思い出せないのが、怖くなった。 思い出すのが、恐くなった。 どうせなら、この歌をまるごと忘れ去ってしまいたい。そう思った。 これはただの夢の話。そう思った。 これはただの夢の話。そう、思いたかった。
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