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海は残酷なほど凪いでいる。
施設を飛び出した澪は、ただ海を目指して丘の斜面を駆け下りた。
背後から澪を呼ぶ嶋の足音が近づいて来る。
澪は走りながら、スラックスのポケットを探った。
小さな塊が指先に当たる。
澪はその指輪を握った。
嶋の声がすぐそばにある。
腕を掴まれると同時に、澪はもう片方の腕を振り上げて、その小さな塊を思いっきり放り投げた。
薄紫と金色の帯がたなびく夕暮れの空に、小さな光りが硬く反射して、吸い込まれていく。
澪は、後ろから嶋に抱き締められながら、それを見送ろうとしたが、さざ波の光りが涙に絡まって、ぼやけた虹が見えるばかりだった。
「う……、うう~……っ……」
澪は絞り出すような声を上げ、ボロボロとこぼれる涙をぬぐうこともせず、嶋の腕にしがみつきながら、突き上げてくる慟哭のままに泣いた。
迷子になった子供のように。
失ったものを考えまいと戦うように。
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