トラウマ

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出版社に勤めて4年目。仕事の楽しさも分かり、任せてもらえる仕事も増えてきた。 それでも今恵子先輩が頼んできた仕事は… 「無理です」 企画の重要ワードを聞いた時点で即答した。 「仕事にプライベートは持ち込まない主義でしょ」 「恵子先輩にはあの事について話し尽くしたのに、それでもその仕事をしろと?」 「大学の時ちょーっと嫌な思いしたくらいでトラウマ扱い。大体そのトラウマの内容…」 「ああ!」 大声をあげて恵子先輩の口を手で塞ぐ。危うくこのフロアーにいる全員にあの事、知られるかと思った…。 「百歩譲ってトラウマとして認める。でも私は丸井沙世の上司として仕事を与えます」 「う…。…ハイ」 「頑張りなさい。ああカメラ担当は久間さんだから楽しめるはずよ」 「クマさんなんですか。そっか、それなら受けます」 久間博さんはベテランのカメラマン。名字の漢字は違うけど豪快な性格で「クマ(熊)さん」と呼ばれて親しまれている人。私にとってはまるでお父さんみたいな関係でよくしてくれる。 取材当日。私の具合はあまり良くなかった。だって…取材先が『海』なんだから。前日一睡もできなかったよ。欠伸を噛み殺して待ち合わせ場所でクマさんを待つ。時間に正確なクマさんのわりにやや遅刻。 「すみません!遅くなりました!」 そこに現れたのはクマさんじゃない。見覚えのない細身で同い年くらいの男の人だった。 「久間先輩は盲腸になり入院しまして。それで急遽カメラ担当になりました山村海斗といいます」 「そうなんですか、会いたかったなクマさん」 「すみません。僕なんかで」 「あ!そういう意味じゃ…。で、では行きましょう」 今回は夏休みに行きたい海特集の取材。現地の飲食店や、暮らしている人に取材していくことになる。 私が海に足を運ぶのは大学2年以来。トラウマの場所に遊びに行くほど頑丈な心じゃない。 でも、これは仕事。私もプロとして仕事をしないわけにはいかない。
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