海からくるもの

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 私は狂っているのだろうか。雲間に浮かぶ月は、丸く満ちていた。満潮の海面は、暗く、重い波の音を繰り返している。  私は知っているのだ。それは、それらは、この時期に、真夏の夜に、この海岸に現れるということを。所々、月明かりに照らされた海面が、鈍重な金属のように艶めかしい光を放っている。去年も、その前の年にも、その前にも、その前も、その前も、いつもこんな夜に、それらはやってくるのだ。  私の鼻を、湿度の高い、生臭い潮の香りが、かすめてゆく。かすかに混ざりこんだ、獣のにおい。潮の香りだけではない、鼻から抜けて直接脳に絡みつくような、記憶の底をさらってゆくような生々しさに、私は眩暈すら覚えるのだ。  私には見えるのだ。月明かりに照らされていない真黒な海面に、それが、それらが、いる。まるで光をさけるように、ゆっくりと泳いでいるさまが。黒い波間に、それらが、大きく小さい目を光らせて。ぬらぬらとした表面を見せつけるようにして、私の知らない場所から、この海岸に向かってゆっくりと泳いでくるさまが。  私は正気でいられるだろうか、それを、それらを見てしまったら。毎年毎年、何回も何回も、繰り返し繰り返し、私がこの海岸に立っていること自体が、まるで夢であるかのように、それは繰り返されてゆくのだ。  私には聞こえるのだ、あの鳴き声が。遠くて近い、大量の鳴き声が、、、、ャア、ニャア、ニャア、ニャア、、、ああ、私はもう正気では、、、いられない、、、
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