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波の間に魔に
私は時々、どうしよもない閉塞感に襲われることがある。
どれだけ馴染んだ自分の家にいても、お気に入りのソファでごろごろしても、
好きな本を読んでいても、窮屈でたまらなくなる。
息苦しさで、思わず外へ飛び出してしまうくらい。
今日もそんな日だった。
「あの、……大丈夫? 救急車、呼ぼうか?」
まさか、この海から人が上がってくる姿なんて、初めて見た。
海岸からすぐ深瀬となっているため、海中に飲み込まれる危険があるという、遊泳禁止区域だ。そんなところをどこからどうしてたどり着いたのか。
海岸に上がった男は、膝に手を置いて、身をかがめ、肩で息をしている。
仕事が終わると、少し遠回りをして、海沿いの海岸線に車を走らせた私は、真っ黒な海の中から、白いものが陸へ近づいてくるのをみつけた。
午後8時を過ぎると、このあたりみたく田舎の海では、真夜中のように暗く静かになる。まして、海岸線沿いの道路など数えるほどしか車は通らない。
夜の海は黒く、おまけに今日は新月で月影もない。街灯の数も少いから、車のライトを消せば、辺りはほぼ暗闇だ。
そんな中、この人を見つけたのは、白いシャツを着ていたから。
ウェットスーツでも、水着でもない、ジャケットのないスーツ姿が、海岸にそぐわない。
そぐわないどころか、この姿で流されてくるって、
なんんかやばいことでもあったの?
ざん、ざざん、といつもの聞きなれた波の音が、今日はやたら響く。
太平洋に望むこの海は波が大きい。
なんにせよ、この人は強運の持ち主だろう。
「ねえ、だれか呼んでこようか?」
もう一度声を掛けたとき、漂流者は顏をあげた。
濡れた前髪で表情はわからないけれど、じっとこちらを見ている。
その反応に、私の方がビクッとなる。
日本語、通じないとか……?
おそるおそるのぞき込めば、顔を覆う黒い癖毛をかき上げた漂流者と、目が合った。
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