あの日

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あの日

窓の近くの椅子に腰掛けている少女。 夕陽に映える腰あたりまで伸びた黒髪、彼女の為に作られたかのようなセーラー服、手の上の文庫本をじっと見つめる瞳。 それらはまるで有名な絵画だった。モネやダヴィンチにも描くことの出来ないであろうその絵画は、今、この瞬間のみ僕だけが見ることが出来る傑作なのだ。 その作品に心酔していると、不意に開け放たれた窓から入ってくる風が彼女の艶やかな黒髪を靡かせる。その風が、いや、靡いた髪が鬱陶しいのか、彼女は窓を睨むように一瞥すると立ち上がって窓を閉めた。これでよし、とばかりに腰に手を当てて、ふんす、鼻息が得意げだ。そんな事で得意げになってもらっても困るが、かわいいので許される。 はっ、とこちらが見ていたことに気づいたのか、彼女は少し顔を赤くしながら元いた椅子に座り、先程の本を読み始めた。僕も手元に視線を落とし、本に集中した。 それから少しの間、頁を捲る音だけが部屋の中に響いていた。その静寂を壊したのは学校のチャイムだった。チャイムは部活終了を意味して、17時30分を告げるものだ。 チャイムが鳴り終わると同時に運動部が部活を切り上げ、校庭から校舎に向けてぞろぞろと行進しだす。それを見た僕と彼女は帰る支度を始めた。 彼女は5冊ほど、僕は1冊だけカバンへ入れると立ち上がり、言葉を交わした。 じゃあ今日は終わりにしましょう。 うん、そうね。 じゃあ、また明日。 さようなら、また明日。 2人は部屋を出た。
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