「傘を差すひと」谷崎トルク

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 九月の半ばの土曜日。俺と蓮二は二人で買い物に出掛けていた。あの扇風機がとうとう壊れたのだ。 「もう夏、終わったのに……いらなくねぇ?」 「来年また使うだろ。今の時期に買った方が安く買える」 「まぁ、そうだけどさ」  国道沿いの家電量販店で安い扇風機を買った。段ボールに持ち手を付けてもらい、それを運びながら二人で殺風景な歩道を並んで歩いた。そのうちに陽が傾き、道の向こうに夕陽が見え始めた。  空がオレンジジュースみたいだなと言おうとしたその時、突然、蓮二に突き飛ばされた。体が傾く。ひぐらしの鳴き声とともに耳鳴りがした。蓮二の手から扇風機が落ちる。それがスローモーションのように見えた。 「ソラっ!」  ヒュンと空を切る音がする。蓮二が伸ばした左手に何かが落ちた。銀色の何か。長くて冷たい――  太刀だと思った瞬間、蓮二の左手の小指が飛んだ。赤い血が吹き出す。色があまりにも赤いので現実味がなく映画を観ているようだった。  指を切り落とされた蓮二はそれでも落ち着いていた。切りつけてきた男を回し蹴り、一瞬で落とした。ドサリと男が倒れる音がした。 「行こう……」 「行こうって……蓮二さん……どうしたら」  ポケットからハンカチを取り出して渡す。蓮二はそれを小指に押し当てた。 「どうせヤクザをやめるんだ。ちょうどいい」 「ちょうどいいって……そんな」  ふと思い出した。この国道の奥に救急病院がある。確かドクターヘリが出動するような大きな病院だ。
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