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「傘を差すひと」谷崎トルク
出所したその日は朝から雨が降っていた。
風は刺すように冷たく、吐く息が口元で白く纏まった。コートの前を掻き集めても寒さは変わらない。背の高い門を潜り抜けると鈍色の空が迫るように広がっていた。
ここに入ったのは二年半前。詐欺罪で実刑をくらった。初犯にもかかわらず執行猶予がつかなかったのは俺がヤクザだったせいだ。オレオレ詐欺の受け子と出し子を手配していた事務所にサツが乗り込み、組員たちはいつものようにビルの窓から逃げたが、運悪くエレベーターに乗っていた俺は一階であっさりと捕まってしまった。
――必ず迎えに行くから。
そう約束してくれた〝家族〟はどこにもいない。
迎えの来なかった雨の降る道を、俺は傘も差さずに一人とぼとぼと歩いた。
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