2/7
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 街中は煌びやかな光につつまれていた。様々な店が並ぶ商店街のあちこちから軽快な音楽が鳴り響いている。手をつないで歩いている母娘や右手にケーキが入った箱を抱えて家路を急ぐ人。視線を少し動かすだけで色んな人が見える。誰も彼もがどこか浮かれた表情を浮かべている。  今日は今世紀最後のクリスマスイブだ。あと10日もすれば西暦2000年という大きな節目を迎えるとあって世間はいつも以上に華やかな雰囲気に覆われていた。  街の喧騒から逃げるように僕はポケットに手を突っ込んで足早に歩いていく。冬の冷たい空気がコートの隙間から入り込んできて体を芯から冷やしていく。商店街を通り抜けた先、人通りもほとんどなくなったような場所にひっそりと目的地はたたずんでいた。  正面口の扉を開けるとカランと鈍い鈴の音が店内に響く。冬の寒さから逃げ込むように店内に体を滑り込ませるとカウンターに座っている彼女がちらりとこちらを見て、またカウンターの下に視線を戻した。きっと今読んでいる本が佳境なのだろう。  ああいう時の彼女には下手に話しかけないほうが良いと言うことは経験から知っていた。仕方がないので店内を見て回ることにする。それほど広くはない店内には肩程の高さの本棚が並んでいる。  文藝の新刊コーナーに向かい平積みにされている本の表紙を確認していく。ほとんど毎日に近くきている為変化はそれほどない。とりあえず何作か手に取ってぱらぱらと冒頭を立ち読みする。    文庫本のコーナーを回って手書きのポップが新刊につけられているのが見えた。ものすごく綺麗な字で本を紹介している。雑誌コーナーに回って適当に時間を潰した辺りでカウンターの彼女の所へ向かう。  キリの良いところまで読んだのだろうか、僕が近づいていくと視線をあげて「いらっしゃいませ」と言った。彼女の名前は千葉由紀。僕のクラスメイトでこの千葉書店の娘でもある。僕の高校はバイトは禁止なので、彼女は実家の手伝いをしているということになる。 「……それでさ、霧島の奴が突然変な顔をしてズギュンとか言い出してさ。それを見てたコバケンが……」  学校であった事を無作為に話し続ける。由紀は表情も変えずただ小さくうなずいているだけだ。たまに返事があるとすると「へぇ」と相槌が返ってくるぐらいだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!