第1話 院長は重病なのですが

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「じゃあ、次のクエもよろしくな、院長」 「あぁ。お大事に」 意識を今いる空間へ、ふと戻すと毎日味わっている重くて少し蒸し暑い空気がまず始めに飛び込んでくる。 今まで息を止めていたかのように大きく深呼吸のような溜め息を1回した俺は、立ちあがりカーテンをあける。そして間髪いれずに窓を ここまでがいつもの流れ。そう、無意識のルーティンだ。 ここで2回目の現実世界を感じさせる、朝のここちよい風が部屋内に立ち込めた空気を洗い流すように駆け抜ける。 時刻は5時過ぎ。薫風が告げる爽やかな一時は、俺は嫌いじゃない。 こっちの世界では、人々はこれから活動をはじめる。足早に無言で駅に吸い込まれる社会人。昨夜のテレビの話だろうか。芸能人だと思われる人について、楽しく会話をする学生。 何をそんなに急ぐ事があるのか。 何をそんなに楽しく登校しているのか。。 俺にはわからない。いや、わからないようにふるまった時間が長かったせいか、そんな自分に慣れてしまっただけだろう。 独り身の俺には確認する環境下にそもそもいない。 両親を事故で亡くしてからは、両親が残してくれた遺産で細々と暮らしている。 リアルの同級生は、大学2回生くらいだろうか。 事故があって以降、高校も行かなくなった。 高校は優しくて残酷な所だ。義務教育では無いため、あまり登校について強要はされなかった。 初めは何回か担任が来たが、それも高校3年になった頃からは激減した。 そう、周りは進学や就職を控えた社会に必要とされる卵たちばかりだ。そんな生徒たちを担任は、道を外させまいと必死だ。それでいいと思う。 道外れた俺は、こっちの世界よりあっちの世界の方が合っている。 先ほどまでプレイしていたゲームは、昔からやっていたオンライン式。よくある数人でパーティーを組んで狩にでるアクションゲームで、ジョブによって役割が決まっていて、俺は回復系に特化したキャラを扱っている。 ヒーラーの特化型は珍しく、いつも重宝される。 キャラネームは「ライ」だが、俺と何回もパーティーを組んでいる奴は「院長」といつしか勝手に呼ぶようになった。 まぁ、ヒーラー特化型だから病院を連想したのだろう、たぶん。だから俺も、悪のりでいつも「お大事に」と言うようになった。 そんな薄い関係だが、世間から隔離された俺にとっては、心地よかった。
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