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「ああ、そうだ、剛実。同級生から聞いたが、隅田川の花火大会が来年から再開されるらしいぞ」
「よかったですね。またあの素晴らしい花火が見られるんですね」
「思い出すな。昔は毎年のように見物に行った。嫁いだ姉上たちも皆、顔を見せに来てくれて」
玖珂家は毎年桟敷席を借り切り、そこへ家族と親類縁者を集めて花火見物するのが常だった。仕出し屋に料理を届けてもらい、時には芸者衆も顔を出してくれて、実に華やかな一席だったものだ。
「一弥さま、覚えていますか? 桟敷ではなく、下に降りてみたいと言ったことを」
「覚えているさ。混んではいるが、屋台が並んでいて面白そうに見えたから、行ってみたくなったんだ。……剛実が、」
橙色に浮かび上がった顔が、つと近づいてくる。
「いつもよりしっかり手を握ってくれたことも、よく覚えている」
「当然でしょう。あんな人混みで一弥さまを見失ってしまったら、生きた心地もしません」
剛実は苦笑しながらも、当時のことを思い返す。人いきれに揉まれながらもぎゅっと繋ぎ合った手と、二人の頭上で大きく弾けた花火。色鮮やかなそれと、すぐ傍らできらきらと目を輝かせていた一弥の横顔は、今も眼裏に強く焼きついている。
「何歳頃のことだったかな」
「初等科に上がって、すぐくらいだったかと」
思い出話に花を咲かせながらも、次々と花火に火を点していく。儚い光が夏の宵闇を煌めかせ、手許で弾けて散ってゆく。
ぢりぢりと燻っていた赤橙の玉が落ちると、辺りがすとんと闇に包まれた。火薬の香りと薄い煙、そして、夜目にも白い横顔だけが残る。
名残を惜しむように最後の燃え殻を見つめ、一弥がつぶやく。
「……また来年だな」
「……ええ」
ささやかな約束に、胸がきゅっと詰まった。互いに自然とそれを交わしたことが、たまらなく嬉しくなる。願わくばずっと、彼とこの先の季節を重ねていきたい。春も夏も、秋も冬も、日々互いを慈しみ合いながら――
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