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一弥が勧めどおり湯を使っている間に、剛実は庭で用意を整える。和洋折衷のこの家には、居間の縁側の先にささやかながら庭が付属しているのだ。猫の額ほどの広さしかないが、雑草を取り、小石や塵をまめに取り除いているので小ぎれいなものだ。
地面に蝋燭を突き立てていると、背後に気配がした。振り向くとそこには、白い絣の浴衣を涼やかに着こなした一弥がいた。予想もしなかった姿に、剛実は目を瞠る。
「剛実、待たせたな」
彼はさっぱりした顔でほほ笑み、剛実が沓脱ぎ石の上に用意した下駄をつっかけて庭に降りてくる。
白い撫子の花でも咲いたような姿に、剛実はしばし見惚れてしまった。髪がまだ湿っている。一弥がすぐ隣にしゃがめば湯上がりの匂いが鼻先をくすぐり、素直にどきどきしてしまう。細いうなじにぴたりと沿った衿元の清楚さ、足首の周りですっきりと絞った裾の具合など、例えようもない美しさだった。
「どうした? 剛実」
「いいえ、あの……とても……とてもおきれいです、一弥さま」
特に秘することでもないのでそのまま告げると、一弥はくしゃりと相好を崩す。
「そう言ってもらえると嬉しいな。着てきた甲斐があった」
剛実にとっても嬉しいひと言をつぶやき、一弥がまたほほ笑む。彼が隣にいるだけで、胸の裡がラムネ水の泡のようにぱちぱちと弾ける。
蝋燭にマッチで火を点し、各々それに花火の先を垂らす。橙色がちり、と弾け、小さな花になって夏闇を照らす。
一弥は袂を押さえて慎重に紙の持ち手を摘みつつ、朗らかに歓声を上げる。
「ああ、きれいだな。風情がある」
菊花や猫の髭のようにかたちを変化させる火花に心弾ませながらも剛実は、傍らでぼんやりと浮かび上がる横顔を盗み見ていた。あどけない幼少の彼も、凛々しい少年の頃の彼の姿もよく知っているが、花も恥じらうほど屈託のない笑顔は今も変わらない。
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