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「おい、お前俺がいない間に何口説いてんだよ」 膝を突き合わせて話し込んでいた私達の頭上から、噂の彼の声がした。 「うわっ」 私は咄嗟に飛び上がってしまったのだけれど、野村くんはこんな時でも冷静に「あ、バレた?」と悪びれた様子もなくそう言った。 見上げればそこには高瀬秋とひかりの姿があった。2人の話は終わったのだろう。至って普通に見える2人は、やはり告白を果たしたのだろうか。 「帰ろうぜ」 不安が過る私をよそに、高瀬秋は既に学生鞄を持っていて、いつでも帰れる様子だ。彼の「帰ろうぜ」が一体誰に向けられたものなのかを理解する間もなく、野村くんも荷物を持って立ち上がった。 さすがに2人きりで帰るなんてことはないか。少し残念なような、ホッとしたような複雑な感情を持ったまま、私もつられて立ち上がった。 まだ教室内に残っている生徒がチラチラとこちらを見ていたり、廊下から覗いている女子生徒もいる。皆がみんな、私達の関係を認めてくれているわけではないことくらいわかっている。 そして、私が高瀬秋と付き合えたのだから、チャンスさえあれば自分だって彼と付き合いたいと思っている女子生徒が少なくないことも。 不安はまだまだたくさんあるが、それを覚悟の上で彼を選んだのだから仕方がない。そう自分に言い聞かせ、4人で帰ろうとしていると、私の背後に気配を感じた。 「あ、あの……あ、あ、相沢さん……」 振り返った途端、思ったよりも近くで話しかけられ、思わず仰け反ってしまった。今後もあまり関わることがないと思っていた山田くんだ。 文化祭の準備の時には、彼とマジックの貸し借りで少し驚かされた。まさかこんなタイミングで話しかけられるとは思っていなかったため、私は何も反応できずに彼の次の言葉を待った。 「あ、あの……ぼ、ぼ、ぼく……お礼を言いたくて」 「お礼?」 何を言われるのかとひやひやしていたが、思い当たるふしのないお礼という言葉に首を傾げた。3人も足を止め、山田くんと私のやりとりを傍観している。 「こ、これ拾ってもらって……」 そう言って彼が広げた手のひらの上には小さな三角形の平たいプラスチックが乗っていた。 「これ……」 確か3ヶ月くらい前に廊下に落ちてるのをたまたま拾った気がした。そんなに気にして歩いているわけではないのに、なぜか私はよく落とし物を拾う。放っておけばいいのにと思うものの、それを見て見ぬふりしたと周りに思われるのも嫌で、仕方なく職員室に届けていた。
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