第五章 人間狩り

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 資産家の家に遅く生まれた一人娘で、蝶よ花よと育てられ、両親が亡くなったあとも二百人を超える使用人に囲まれて、贅沢三昧の暮らしだった。  周りを見回しても怪我人が転がり病院関係者が忙しく走り回っているばかりで、リィザの事を誰も気にかけていなかった。  一歩を踏み出そうとして、味わった事のない苦痛を感じ、リィザは声を張り上げる。 「ちょいと! 一万連邦ドル払うから、誰かあたしを宇宙港まで連れてっておくれ!!」  それでも、隕石が屋敷を直撃しては、戻っても誰も居ないだろうという思いは働いて、専用機のある宇宙港を目的地にするだけの知恵はあるようだ。  だが寄ってきたのは、火事場泥棒みたいなボロボロの風体の男が一人だけだった。 「へへ……そりゃホントかい?」  リィザの顔を知らないとは、この辺の者ではないのだろう。 「うっ……」  伸ばし放題の髪に髭、近くに来ると、ろくに風呂に入っていないような異臭がした。  思わずリィザは、片手で鼻を覆う。 「あんたを宇宙港まで連れていけば、一万連邦ドルくれるのかい?」  黄ばんだ歯を見せて、不潔な男が笑う。  リィザはきょろきょろと辺りを見回したが、病院関係者以外で他にまともに動けるのは彼だけのようだった。  リィザは鼻を塞いで顔を背けたまま、不快そうに呟く。 「う……仕方ない……。あたしの代わりにホバー・タクシーを拾って、ここまで連れてきとくれ。金は、後払いだよ」 「へへ、待ってな……」  男は、病院前の大通りを、宇宙港の方へ歩いていった。  ぽつんと、リィザは取り残される。これだけは生まれつきの美貌を誉め称えてかしずく男たちも、揃いの服に身を包んだ二百人を超える使用人たちも、何処を見ても居なかった。  きっと、これは夢だ。そう、悪い夢。リィザは半ば本気でそう思って、ひとつ瞑目して俯いた。  その瞼に、明るい光が差し込んでくる。やっぱり夢だった!  目を覚ましたリィザが見たものは、ライトをつけた一台の個人ホバー・タクシーから降りてくる、先の不潔な男だった。  ガッカリはしたが、これで一先ずは宇宙港に行ける。  全てを金で満たしてきたリィザは、男の生臭い匂いを我慢して、肩を借りてホバー・タクシーに乗り込んだ。
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