プロローグ

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 宇宙歴三百八十二年。  人類は、枯渇した地球を捨て、スペースコロニーや惑星に移り住んでいた。  地球時代に危惧されていた、宇宙戦争や大きな天変地異もなく、今日も時は平和に過ぎる。  むしろ、地球という限られた重力に縛られていた時より、太陽系の外にまで自由に羽ばたいた現在の方が、争いは少なくなっているといっても過言ではなかった。  そんな中をのんびり航行中の宇宙船ブラックレオパード号も、船長以下二名、今日も元気に労働闘争中なのだった。 「ちょおっと、ラドォ。いい加減給料、払いなさいヨ。化粧品さえ買えやしない」  何処か間延びした舌足らずな声を上げたのは、通信士兼船医の、マリリン・ボガードだった。  ファーストネームは、大昔地球でセックス・シンボルとされた女性の名前を取ったもので、本名ではないらしい。  もっとも、彼女はブロンドだったが、こちらのマリリンは緩く巻いた赤毛だった。  ついでに言うと、リップグロスでてらてらと光る肉感的な赤い唇の下にある黒子は書かれたもので、自称は27歳だが、どう見てもそんな小娘では醸し出せない色気を所構わず振りまく所は、年齢不詳なのだった。 「先月の給料もまだだぜ。たまに土を踏んだって、女も口説けやしねぇ」  マリリンに続いて不平を上げたのは、航海士のロディマス・フットマンだった。ロンと呼ばれている。  グレーの髪をオールバックにした、苦み走った壮年の色男だったが、『色』男とはよく言ったもので、気が多過ぎて最終的には女性の方から振られるのがお決まりのコースだった。  酔った時の口癖は、「男は船で、女は港だ」である。  だがそんな訴えは何処吹く風で、ラドこと、若き船長ラドラム・シャーは、目の前のスクリーンに広がる星の海を眺め、いつもの定位置、キャプテン・シートに座ってオッドマンのようにタッチパネルに足をかけ、うっとりと言ってもいい口調で『彼女』に話しかけた。 「プラチナ。惑星デデンまで、あと何分だ?」 「はい、ラドラム。通常航行で、あと三十六分五十二秒です」  ラドラムが愛してやまない『彼女』の声は、艦橋の頭上から聞こえていた。自動航行を可能にしている、この船のA.I.だった。
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