881人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
「桃瀬あまね」
「ひ……っ、すすすすっ、すみませんっ」
「桃瀬?」
おそるおそる振り返れば、飛び退いたオレを不思議そうに眺める男と目が合う。不思議そうにしているのは千夏も里砂さんも伯父さんも職員さんもそうだが、この男を前にして挙動不審にならないわけがなかった。二階しづき。二階グループを率いる男――二階源次郎の孫である男を前にしては。
二階グループといえば、この界隈では有名な個人貸金業を営む二階金融と、カフェ経営をするために作られたらしい二階商事の総合名だ。カフェは甘党が多い二階一族の腹を満たすためのものらしい。それだけに留まらず、二階源次郎率いる二階家は大小いくつもの土地を所有する――マンションや分譲住宅が建てられている――地主でもあった。もうなんか完璧すぎて怖いくらいだ。
そういう完璧さが起因するのかなんなのか、二階一族にはアルファ性を持つ人間が多くいた。そのひとりが、いま目の前にいる二階しづきである。容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。二階くんを表す言葉はどれも固く、同じ人間なのかと不思議に思うほどだ。いや、それも当たり前か。二階くんは絶対的強者なのだから。なんの因果か、中学、高校のクラスメイトだったりするけども。しかも、オレもそれなりに喋ったりしているのだから、二階くんは懐が深いと思う。
そんな二階くんがどうしてここにいるのでしょうか。意味が解らない。間に合ったって、なにに?
「に、二階くんがどうしてここに……っ」
混乱しながらも萎んでいく「いるのでしょうか?」という声は、大きな咳払いに溶けていた。二階くんの咳払いに。いくら外でも、火葬場だからか空気が悪いんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!