傘に隠れて(2)

2/5
372人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
「サクラーティがお前から完全に手を引くのであれば、教えてやってもいいと言った」  ルカはネロの黒髪を優しく指で梳きながら、静かな声を発している。  思慮と、滲む情。  ネロは徐々に目を見開いた。 「それって……?」 「お前が何を気にすることもなく、何処ででも生きていけるように……。それがフランコの最後の願いでもあり、……お前を今まで曲がりなりにも見守ってきた私の意思でもあった。ヴェネリオが首尾よく親族連中を黙らせられたら、ここの場所を教えてやる」 「で、でも、それじゃここにあるフランコのものが……っ」  思い出が、無粋な手に奪われてしまう。そう思って焦るネロだったが、ルカはその可愛らしい唇に人差し指を押し当てて言葉を遮ると、懐の中から得意げに一枚の茶封筒を取り出した。 「連中にはこっちを見せればいい」  渡されたそれを、ネロは躊躇いながらも確認した。中には仰々しい表紙の書類。一番下に確かに記されたフランコのサインに、ネロは驚いて顔を上げる。 「これ……」 「この土地の権利書だ。ここの情報と一緒に渡してやればいいだろう。この倉庫自体も、隠されていたフランコの遺産には違いない。連中の期待よりは随分とお粗末だろうがな」  まるで悪戯をする子どものように。 「ここにあるものは全て私の屋敷に運んでしまおう。もちろん、それからどうするかはお前の自由だ」  仕上げにぱちんとウィンクを飛ばされ、ネロはもう呆けてルカを見るしかなかった。  囚われてばかりの人生だった。同じような年頃の人間は学校に行って、健全な繋がりの中で友人を作っていけるのが羨ましかった。時には親から少しのお金をもらって、好きな店の好きなものを吟味する時間だってあるのだろう。行きたいところに行って、見たいものを見て。それはずっと、ネロにとっては窓の外の世界だった。屋敷から逃げ出して初めてヴェネツィアの地を踏んだ時、無限に広がっているような世界に身震いをしたものだ。一歩踏み出す自由を尊んだ。そうは言っても、身一つで生きていくにはいろいろと偽らなければならない部分があって。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!