硝子の琴

4/8
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「見ろ、この狂った世界を。時の止まった世界を。この場所を作り出したのは我だ――我が望めば時さえ意のままになる。その我の前で、何がこの世の(ことわり)か」  娘は目を細めて男を見る。まるで遠い世界にいる者を見るかのような眼差しで。 「そうしてあなたさまはすべてを意のままになさる。だからわたくしはあなたさまのものにはなれませぬ。それは何故なのか、お分かりになりませぬか」 「分からぬ――」  男は苛立ちまぎれに顔を振る。「分からぬ」  再び娘を捉えた視線には、憎悪に似た何かが忍び込んでいた。 「そなたは、そなたたちは、どうしてそうなのだ。そなたの一族は、我の伴侶(はんりょ)となるべく生まれた。我の伴侶となる以外の道などない。そなたたちを生み出したのは、他ならぬ我なのだ。そのそなたたちが、なぜ我の意思に背くのだ。なぜ愛していると言いながら、我の隣に来ようとせぬッ」  激情が空気を揺るがし、目に見えぬ力が娘の頬を打つ。  しかし娘は声ひとつ立てぬ。ひととき崩れた体勢をゆるりと直し、凛と男を見上げる。まばたく目は清かに澄んで、何物にも犯されぬように見える。  ただその頬だけに痛ましい赤みがさして、それを見た途端男の顔は泣きそうに崩れた。 「ああ」  膝をつき、両手を伸ばす。娘の抱く竪琴を越え、娘の顔を包む。平素は力に溢れたその指先が、弱々しく震える。     
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!