(一)

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 月が青い焔に包まれた時が、始まりだ。私は独り、漆紺の天上を見上げた。頭上に浮かぶ青白い天体は、木々の突端に串刺しにされて見えていた。  月は昼間から空に佇んではいるが、その姿は寄る辺ない骸に過ぎない。真価を発するのは闇に於いてだ。私は思う。私と月は似ている。昼間の私は、在りはするが、どこか所在無い。そう、真価を発するのは── 「王よ」  私の思索は、傍らに立った男の気配で破られた。彼が私のそばに跪く。 「この儀式の、栄えある最初の男に私を指名してくださった感激、どのように言葉に表していいか分かりませぬ」  ふっと私は笑った。長老に最初の男だけはお前が選ぶといいと言われた。とはいえ私には、今目の前にいるこの男しか思い浮かばなかっただけのことだ。歳も同じ、物心ついた時からともに過ごした男。おそらく、ほかの人間が相手になるよりは心身ともに負担が少ないであろう。そう考えたから彼を指名した。  今宵から始まる儀式に向け、私は三月この洞窟にいた。外界との交わりを一切断ち、身の穢れを落とすのだ。男はわずかな食料と水を持ち、私のもとに二日に一度訪れた。これは最初の男に指名された人間の使命でもある。  私には指一本触れてはならぬ、話しかけてはならぬという長老の達しを、彼は忠実に守り抜いた。訪れるたびに、彼は無言のままに立ち尽くし、やがて去っていく。降り注がれる彼の視線を全身に感じつつも、私も彼を見ない。これが三月繰り返された。  深い洞窟、最低限の食料と水、静寂、孤独──私は次第に、自分が透明になり、無へと帰する気がした。これからどんなことが自分の身に起ころうと、それはすでに自分ではない。「他者のための自分」に起こるのだ。そう思えた。
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